旅行・地域

2008.12.22

中山道への思い

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  中山道宿場地図(クリックで拡大します。)

2007年12月1日に京都三条大橋に到着しましたsun

60歳で定年退職して1年目の3月17日に日本橋を出発してから8か月余りの旅でしたsnail

(この旅の様子はブログ「還暦からの東海道」 http://haya-iwa-zoo.cocolog-nifty.com/blog/ で公開しています。)

それから早1年が経過し、そろそろ次の旅への誘惑が強くなってきました。

次の旅は東京から京都までの旅の続きで、京都→長崎にしようか、それとも北へ進路を変えて、東京→青森にしようか、などと考えてもみましたが、ネットなどで調べてみると、東海道を歩いた人の多くが次に中山道を選んでいることに気付きました。

しかも、中山道を歩いた人のほとんどが「東海道より中山道の方がより魅力がある」と言っています。

そこで私も中山道を歩こうと決心しましたpunch。(2008年12月22日現在)

出発はまだいつになるか分かりません。2009年の正月を期して出発するか、または暖かくなるのを待って3月の出発にするか迷っているところです。

しかし、何はともあれ、自分を奮い立たせるためにブログだけは立ち上げようと思い、このブログを開設しました。

この旅がいつ始まり、いつ終わるか、まったくの未定ですが、皆様に私の気ままな旅にお付き合いいただければ何よりの幸せです。

よろしくお願いいたしますbell

2009.01.05

いざ、日本橋を出発! 1月2日(金)

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日本橋

 ↓ 9.8km

板橋宿(いたばし)

 ↓ 9.0km

蕨宿 (わらび)

 ↓ 5.4km

浦和宿(うらわ)    合計 24.2km

年の暮れになって、

「切りの良いところで、1月1日に中山道の旅をスタートしようかな!」

と言ってみたところ、妻から

「元日ぐらいは家にいて家族でお正月を迎えましょうよ。」

と言われました。

それもそうだと思い、元日は家族で地元の神社に初詣に出かけ、お屠蘇とお雑煮、おせち料理などでお祝いをしました。

そして、元日の夜、11時半、

「では、明日の朝早く出発するからもう寝るよ。」

と言って寝室へ行こうとすると、長男が

「僕も一緒に行っていいかなあ? せめてスタートの日だけでも一緒に歩きたいんだけど…」

と言うので

「もちろんいいよ! 一緒に行こう!」と答えました。

そして、1月2日早朝、長男と一緒にお雑煮で朝食を済ませた後、妻の笑顔と眠そうな愛猫ミューの顔に見送られて7時半に家を出て日本橋へ向かいました。

Conv0004_2 東京駅に着いて日本橋に向かって歩き始めると、銀座の街にはあちこちに長い行列ができています。有名デパートなどの福袋目当ての行列のようです。

日本橋に着いて、二人で入念にストレッチをして身体を慣らしてから、9時25分にいよいよ中山道への第一歩を踏み出しました。

東海道の旅のときは日本橋から南に向かって歩き始めましたが、今回は逆に北に向かってのスタートです。

あちこちの店先に門松が並び、その中を歩くのはなかなか清清しい気分です。

Conv0005 しばらく歩いて神田駅を過ぎると、以前千代田区の学校で働いているときに行ったことのある江戸情緒の残った店が何軒かありました。

間もなくお囃子の音が聞こえてきました。神田明神です。

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せっかくなので、今年2度目の初詣をしました。さすが神田明神だけあって大勢の人で賑わっています。参道の糀屋「三河屋」の熱々の名物甘酒を飲んで身体が温まったところで再び歩き始めました。

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10時半、東京大学の赤門を通過しました。

赤門前では何組かの親子連れが記念写真を撮っていました。これから東大を目指そうという人たちなのでしょうか。

なぜか皆、幸せそうな顔をしていました。

それから1時間ほど歩くと巣鴨の「地蔵通り商店街」に入りました。噂には聞いていましたが、通りにはお年寄り、しかも女性のお年寄りがいっぱいです。巣鴨が「お年寄りの原宿」と言われている訳がよく分かります。

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通りのお店には、おばちゃんやおばあちゃん好みの商品がいっぱい並んでいます。妻を連れてきたら喜ぶかな…と思いながら歩きました。

Conv0011_2 有名な「とげぬき地蔵」で今年3度目の初詣をしました。こんなに「はしご」で初詣をすると、かえってご利益がなくなるかもしれません。

お昼過ぎに板橋の駅を通過しました。駅の近くのファミリーレストランで二人でカレーライスで昼食を済ませました。

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板橋の地名の元になった「板橋」(昔は板でできた橋だったそうです)を渡ると間もなく「縁切り榎」に差し掛かりました。

この榎の下を通ると縁が切れて不幸になると、いつの頃からか言われるようになり、皇女和宮をはじめ京から降嫁したお姫様方がここを通るときには榎を梢から根元まで菰(こも)で包み隠したり、わざわざ回り道をして通り過ぎたりしたそうです。

Conv0017 2時ちょっと過ぎた頃、「志村の一里塚」に到達しました。ここは道の両側に塚が残っている非常に珍しいところです。

東海道でもそうでしたが、一里塚が残っているところは少なく、しかも両側の塚が残っているところはほとんどありません。

道路の拡幅のためだけでなく、明治政府が徳川幕府の名残を消すために街道の一里塚を取り壊させたことで、ほとんど無くなってしまったそうです。

3時ちょうど、埼玉県との境に流れる荒川に掛かる戸田橋にさしかかりました。

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江戸時代は幕府が江戸を守るために、ここには橋を掛けず、渡し舟で旅人を渡していたそうです。

その後、蕨(わらび)宿を通過しました。

蕨宿の旧道には中山道の各宿場の浮世絵が絵タイルになって歩道に埋め込まれていました。

また蕨宿には本陣跡がきれいに整備されていました。

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長男は昨年11月に痛めていた腰が痛み始めて少し辛そうですが、そのまま浦和まで歩くことにしました。

日もとっぷり暮れたころ、焼米坂を登ると、調(つき)神社が見えてきました。

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珍しい名前の神社ですが、「つき」にちなんで、この神社には狛犬のかわりに一対の兎が置かれています。

また、この神社はなぜか鳥居がないことでも有名です。そのようなことで謎に満ちた神社と言われているそうです。

そこからしばらく歩くと浦和駅に着きました。

駅の近くで夕食を済ませた後、長男はそこから帰宅しました。

私は近くのビジネスホテルに宿を取り、一泊してまた明日も歩くことにしました。

Conv0036 今日の総歩数は45,324歩でした。

2009.01.06

浦和から桶川まで 1月3日

浦和宿(うらわ)

 ↓ 5.0km

大宮宿(おおみや)

 ↓ 7.9km

上尾宿(あげお)

 ↓ 3.7km

桶川宿(おけがわ) 合計16.6km 

       日本橋から40.8km

ちょっと寝過ごして7時45分に起きました。

その後ホテルのレストランで朝食を済ませて8時45分に出発しました。

今日も雲ひとつ無い日本晴れです。

あらためて浦和宿の様子を見ましたが、特に本陣跡や脇本陣跡などの表示なども無く、宿場を感じさせるものが何一つ無いので失望しました。

その後、ただただ商店街らしきところを通り、単調な歩きです。

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写真はクリックすると拡大されます。

1時間ほど歩くと「さいたま新都心駅」に着きました。

このあたりから見た浅間山の景色を英泉(渓斎英泉)が浦和宿の風景として浮世絵に描いていますが、今は大きな建物が建っていて、何も見えません。歩道橋の上からも見てみましたが、浅間山らしきものは見えませんでした。

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このあたりは新都心というだけあって、大きな建物が建ち並んでいます。中でもスーパーアリーナという競技場やテレビ塔などひときわ目を引きます。

いかにも近未来都市といった風景です。

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10時過ぎに氷川神社の参道入り口の「一の鳥居」が見えてきました。

古中山道はこの参道を通っていたそうですが、江戸時代の途中から参道を歩くのは恐れ多いということで脇を通る道を作りそこに大宮の宿場ができたそうです。

大宮という地名もこの氷川神社という大きなお宮があるところからきたとのことです。

この大宮宿もまた浦和と同じく、本陣、脇本陣跡などの表示がなく、昔を偲ぶよすがもありません。

このような歴史的文化遺産を残したり保存したり説明板を作ったりするのは各自治体の教育委員会の仕事ですが、自治体によってその熱意に大きな差があります。

この辺りの教育委員会もあまり力を注いでいないように見受けられます。

Conv0047 その後、賑やかな大宮駅前の商店街を通り過ぎ、氷川神社の本殿の近くに差し掛かりました。

せっかくですので、ちょっと遠回りをして本殿に初詣をしようと立ち寄りました。

さすがに大宮の氏神様だけあって、正月も3日だと言うのに大勢の人が参拝にきています。

私も行列に並んで旅の安全を祈りました。

1時過ぎに上尾宿の手前まで来ました。

朝ホテルを発ってから一度も休憩をしていませんので、この辺りで昼食がてらに休むことにしました。

Conv0053 大きな和食のファミリーレストランに立ち寄り、「へぎ蕎麦+ミニ天丼」を注文しました。

量が多くて全部は食べきれず一部残してそこを後にしました。

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しばらくすると、右側に加茂神社が見えてきました。ここは英泉が描いた上尾宿の絵の中にある神社です。

いかにも街道沿いの神社というような小さなひなびた神社ですが、江戸の昔が偲ばれる風情のある社でした。

ここでもお参りをしましたが、今年は4つも5つも神社を「はしご」でお参りしたので、あまりご利益がないかもしれません。

2時ごろ上尾駅前を通り過ぎました。駅は工事中でしたが、思った以上に駅前は賑わっていました。

3時過ぎに桶川宿に着きました。

桶川は江戸時代には口紅などの原料となった紅花の産地として有名だったところです。

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「武村旅館」という昔からの旅籠の趣を残した宿がありました。

この旅籠は皇女和宮が桶川宿を通ったときにも営業していたと説明板に書いてありました。

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その他にもこの宿場町には三階建ての蔵作りの建物があったり、本陣跡がちゃんと残っていたりして、古き宿場の情緒を感じることができました。

しばらく桶川宿の中をぶらぶらと歩いた後、今日は無理して鴻巣(こうのす)まで行かず、ここでゴールにすることに決め、桶川駅から電車に乗って我が家へ戻りました。

今日の歩数は36792歩でした。

次は桶川宿からスタートして、はたしてどこまで歩くことができるでしょうか。

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