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大井宿→大湫宿→細久手宿  4月24日

大井(おおい)宿

   ↓       13.8㎞

大湫(おおくて)宿

   ↓        5.9㎞

細久手(ほそくて)宿

         今日の合計歩行距離 19.7㎞

         日本橋から総計 364.6㎞

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昨年の12月以来、久しぶりの中山道歩きです。

今回は鵜沼宿近くに済む友人夫妻から「自分の家をベース基地にして歩きませんか?」との有り難いお誘いをいただき、それに甘えることにしました。

昨日妻と共に電車で出発して塩尻経由で南木曾駅まで来て、前回ゆっくり見学できなかった妻籠宿を訪れました。

前回は12月の寒い妻籠宿を訪れましたが、昨日は桜や桃やレンギョウなどの花々が咲き揃う春真っ盛りの妻籠宿でした。

折からの春の雨に濡れて木々の新緑や、赤、黄、白の花々が瑞々しい美しさを見せていました

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初めて見る妻籠宿に妻も大喜びです。雨のせいか観光客も少なく、静かな宿場町の情緒を味わうことができました。

ゆっくりと見物してから再び電車に乗り友人宅の近くの駅まで行きました。奥さんが車で駅まで迎えに来てくださり、鵜沼宿を少し見学した後、新築したばかりの家に迎え入れてもらいました。

お互いに夫婦同士での長年の付き合いですので、奥さんと妻も仲良しなのです。

夜は奥さんの手料理でお酒も美味しくいただき、久しぶりの再会を喜び合って、幸せな時間を過ごしました。

Conv0001 さて、今朝は朝食の後、友人の運転する車で4人そろって恵那駅までやってきました。

妻は膝に疾患があり今回の中山道の山道を一緒に歩くことはできないので、友人夫妻に今日はこのあたりを案内してもらうことになっています。

私はここで降ろしてもらって3人と別れ、駅前の広場でストレッチを入念にすませてから大井宿を出立しました。

空は日本晴れ!暑くもなく、寒くもなく、まさに絶好の「街道日和」です。

Conv0002 この日の中山道は交通を遮断して道の真ん中に地元の野菜や花や食品、雑貨などを売る店が並ぶ朝市になっており、開店前の準備中でしたが、活気にあふれていました。

その中を昔の街道の賑わいを思い浮かべながら歩きました。

間もなく町外れに出ると中山道は西行塚の道標から右に折れて、なだらかな登り道になります。

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歩き始めて約1時間、「十三峠」の入り口にさしかかりました。

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そこから少し登ると西行の墓と言われている西行塚がありました。ここは展望台にもなっており、大井宿の町並みや遠く恵那山の姿まで見晴らすことができます。

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Conv0135 そこからさらに登っていくと「槙ヶ根一里塚」がありました。ここは道の両側の塚が揃って残っており嬉しい限りです。

起伏のある山道で、国道として開発されることがなかったが故に今に残ることができたのでしょう。

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その先に「槙ヶ根の追分」の道標がありました。ここから道は左伊勢名古屋、右西京大阪に分かれます。

ここから左に折れてお伊勢参りに行きたい気分にもなりました。

このあたりは十三峠と呼ばれるだけあって、上り坂と下り坂が繰り返し出てきます。いくつか名前をあげてみると西行坂、七本松坂、槙ヶ根坂、みだれ坂、みたらしの坂など、これからまだまだいくつもの坂が続きます。

今日は日曜日であるにもかかわらず、すれ違う人はほとんどいません。静かな山の中の街道を一人汗をかきながら歩いています。

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やがて「首なし地蔵跡」にさしかかりました。地蔵に首がないのは恐ろしい謂われがあるようです。恐い話が嫌いな私は早々に通り過ぎました。

その先の急な坂道を下っていると、下から杖をついた腰の曲がったおばあさんが登ってくるのに出会いました。

「こんにちは!」と声をかけると、顔中を笑顔にしたおばあさんは「お疲れさん。どこから来たん?」と聞きます。

「東京から来て、中山道を歩いています。」と言うと、「えらいねぇ、ほれ、これあげよう。」と手提げ袋から飴を一つ取りだして手のひらにのせてくれました。

おばあさんこそ、こんな険しい道をどこから来て何処へ行くのか不思議に思いましたが、たずねませんでした。お年は85歳だということでした。

おばあさんが坂道を登り切って見えなくなるまで見送って、再び歩き始めました。もらったニッキ飴の美味しいこと、美味しいこと、疲れた体に元気がみなぎってくるようでした。

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ちょうどお昼ごろ「紅坂の一里塚」に至りました。大きな桜の木が花を咲かせています。満開は過ぎていますが、まだ十分に美しいです。

ここで出発前に買ってきたおむすびを食べることにしました。お花見をしながら食べるお昼ご飯は贅沢な味がしました。

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「里すくも坂」あたりにもきれいな桃の花が咲いていました。

その先、大久後の集落からは美しい棚田の風景を望むことができました。

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田んぼで働く父親を小さな子どもがじっと見ている姿が微笑ましくて印象的でした。

そこから先も登ったり下ったりしながらいくつもの峠を越えていくと、やがてカキーン、スコーンという聴きなれた音が耳に入ってきました。

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道ばたの林の途絶えた場所から少し入って行ってみると、目の前にグリーンが現われ、誰かがパターをしている最中でした。

驚くことに、この辺りは中山道がゴルフ場の真ん中を突っ切る形になっているのです。

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地蔵坂を下って「尻冷しの地蔵尊」までやってきました。大湫宿まではもう少しです。

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大湫宿の入り口では見事な枝垂れ桜が出迎えてくれました。

大湫宿の本陣跡は今は小学校になっていました。皇女和宮もここにお泊まりになったそうです。

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神明神社の大杉は樹齢1300年という立派なもので、街道を見下ろしているかのごとく立っていました。

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江戸時代の旅人たちもこの大杉を見上げながら通っていったことでしょう。

夕方の大湫宿は人通りもなく、静まりかえっています。

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大湫宿を抜けてしばらく歩くと大きな二つの岩が目に入りました。昔から旅人にも有名な目印だった「大湫の二つ岩」と呼ばれる岩です。

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そのうちの一つ「母衣岩」は高さは6、7メートルほど、幅は20メートルほどもありそうです。

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やがて琵琶峠の入り口にさしかかりました。ここで冷たい雨が降り始めて急に気温も下がってきましたので、ザックから上着と手袋を出して身につけました。

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ここからは石畳の道が続きます。

琵琶峠の頂上には馬頭観音が祀られていました。

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その横の皇女和宮の歌碑には「住みなれし都路出てけういくひ いそぐともつらき東へのたび」と彫られています。

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石畳の下り坂には桜の花びらが降り敷いており、その上を風流に思いながら歩くのが贅沢に感じられます。

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道ばたの石仏を眺めるのも街道歩きの楽しみの一つです。

6時ごろ細久手宿の旅籠、大黒屋前に着きました。

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今日は友人がここまで迎えに来てくれると言っていたのですが、申し訳ないので電話でタクシーを呼んで御嵩駅まで行くことにしました。

タクシーを待つ間に、ザックから草大福を取りだして食べました。

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一日歩いて疲れた体に大福の甘さが何とも言えず美味しく感じられました。

御嵩駅から電車を乗り継いで友人の町の駅に着くと、彼が迎えに来てくれていました。

夜はまたゆっくりと風呂に入らせてもらい、奥さんの手作りの料理とお酒をいただきながら、4人で楽しく語り合いました。

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