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2007.12.08

草津~大津~そして京都へゴールイン! 12月1日

東海道五十三次の旅、いよいよ最終日です!

昨日、日が暮れて歩くのを切り上げた石山駅近くの東海道に7時50分に戻ってきました。今日はここから最後のスタートです。

空は快晴、最終日にふさわしい好天に感謝したい気持ちです。

Photo 歩き出すとすぐに東海道は琵琶湖の湖岸に沿って続いています。ただし、今は埋め立てられたせいでしょうか、東海道からは間の建物が邪魔になって直接琵琶湖を見ながら歩くことができないのが残念です。

途中、街道をはずれて湖岸へ出てみました。朝日に照らされて湖面がキラキラと輝き、ゆったりと琵琶湖が広がっています。

湖岸に沿って遊歩道が続いているので本当はこの道を歩けば気持ちがよさそうですが、やはり東海道を忠実に歩きたいのでそれはやめて再び街道に戻りました。

しばらく歩くと膳所(ぜぜ)という変わった名前の町がありました。ここは徳川氏が築いた膳所城の城下町です。

ここを歩いていたら若い女性に声をかけられました。

「あのぉ、すみません。○○センターにはどう行ったらいいですか?」

と聞かれましたが、私に分かるはずがありません。

「すみません。旅の者ですので分かりません…。」

と答えると、リュックを背負った私の姿を改めて見て、

「ああ、そうですよね。すみません…。」

と丁寧に頭を下げていました。

一見、土地の者に見えたのでしょうか…。

9時20分、「義仲寺」に着きました。とても小さなお寺です。

Photo_2 Photo_3

ここは木曽義仲を葬った墓のある寺ですが、それ以上に有名なのは松尾芭蕉のお墓もここにあるということです。

芭蕉は生前しばしばこの寺を訪れたそうですが、大阪で死去した際に「遺骸は木曽塚(義仲寺)に送るべし」との遺言を残したためにここに葬られたそうです。

芭蕉がなぜここで永遠の眠りにつきたかったのか、その訳は謎ですが、今後いろいろと調べてみてその謎に迫りたいとの思いが湧いてきました。

Photo_4 10時ごろ、かの有名な「大津事件」の現場に立ちました。街角にそれを示す石碑が1本立っているのみですが、昔歴史の授業で習った「大津事件」の場所に立っていると思うと、感慨深いものがありました。

石碑には「此付近露国皇太子遭難之地」と刻まれていました。

その後、大津の本陣跡を通り過ぎ、11時20分ごろ滋賀県と京都府の境に至りました。いよいよここから京都です。

Photo_5 しばらく歩くと蝉丸神社があり、その先に有名な「逢坂の関」がありました。百人一首にも

 

 これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関 (蝉丸)

 夜をこめて 鳥の空音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ (清少納言)

と詠われているところです。

Photo_7 Photo_27  

その後、広重の絵にもでてくる「走井の茶店」の跡を通りました。今は茶店というより立派な料亭のようになっていますが、店の名前は残っています。

しばらく行くと「日ノ岡」という坂道を登り、いよいよ京都に近づいてきました。このあたりは道が狭くて、「本当にこれが東海道?」と思うくらいです。

Photo_11 そのまま歩き続けると「三条大橋」と書いた道路標識が現れ、道はいよいよ三条通りに入りました。

Photo_12 ちょっと背伸びをすると、はるか向こうに三条大橋らしきところが見えます。

はやる心を抑えながら最後の道のりを一歩一歩味わうように歩きました。

Photo_19 

Photo_20 この旅の最後のゴール地点「三条大橋」は確かにそこにありました。四方をしっかりと見渡しながら橋を渡りました。

橋を渡り終えるところでこちらに向かって手を振っている子どもたちや大人の人たちが見えました。

Photo_14 Photo_15

私が昨年の春、定年退職した小学校のPTAの方々やそのお子さんたちです。

わざわざ東京から私を出迎えるために来てくださったのです。

「感激!」の一言に尽きます。

Photo_16 みんなと握手をしたり、子どもたちとハイタッチをしたり、みんなで記念写真を撮ったりしたあと、予約をしてくださっていた先斗町の料理屋へ行き、東海道完全踏破のお祝い会をしていただきました。

自分の道楽でやっただけの旅であるにもかかわらず、こんなにしていただくことが申し訳ないやら、有り難いやらで、何と表現したらよいのか分からないような気持ちでした。

その後、みんなで清水寺へ出かけ、燃えるような紅葉を楽しんだ後、暗くなってから京都駅まで戻り、そこで解散しました。

私は二条城近くに予約をしていたホテルにチェックインをして一休みした後、ホテルの近くのお店に入り、京都名物の「生麩の田楽」や「生湯葉のお造り」「生湯葉の煮たのん」などをつまみに熱燗を飲みながら東海道五十三次の一人旅をしみじみと振り返っていました。

Photo_21 Photo_22

一夜明けた翌日(12月2日)は「曼殊院」「詩仙堂」「禅林寺」をめぐり、信じられないほどの美しさの紅葉を満喫した後、東京の我が家に戻りました。

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Photo_25 Photo_26

「このブログをお読みくださった方々へ」

3月から約8ヶ月に渡りつたないブログをつづり続けてきました。

定年退職からの道楽として始めた「東海道五十三次てくてく一人旅」、まさに気の向くまま、足の向くままに歩いたような気ままな旅でしたが、ブログでお付き合いいただきありがとうございました。

多くの方々から励ましや、ねぎらいの言葉などをかけていただき、嬉しさでいっぱいでした。

この旅を始めるときには想像もしていませんでしたが、江戸から京まで歩くことで、次第に自分が小さなことに感動し、感謝していることに気がつきました。

そして、五感が敏感になり、街道の人の語り声、鳥のさえずり、花の香り、名も知らぬ野の花や木の実の可憐さ、湧き水の冷たさ、そして旅先の名物の味、などなどを素直に感じ、喜んでいる自分がありました。

ただ歩くだけ、それだけのことなのに、江戸の昔を感じ、今の自分の幸せを感じることができたことは何故なのでしょう。

旅の途中でお世話になった方々、これまで応援してくださった皆様、そしていつも静かに温かく送り出してくれた妻に感謝しながら、この旅の記録を終わらせていただきます。

ありがとうございました。 

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コメント

長崎の大村より同級生の息子K太です。昨日はうちの実家に来られたそうですね。九州の料理はお口に合いましたでしょうか?
で、先ほどうちの両親にこのブログの存在聞きました。スンゲーッスね。総走行距離500キロ!?考えられないです…(-_-;)。でもいくつになってもチャレンジし続ける気持ちって大事ですし、それを忘れた時から本当の意味での「老い」が始まると思いますから。
しかし本当にお疲れ様でした。もしよろしければ僕のブログにもお越し下さいな。
http://blogs.yahoo.co.jp/keita7855524

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