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2007.11.18

四日市~石薬師~庄野~亀山へ  11月3日

四日市のホテルで6時45分に起床。朝食を食べてから8時に出発しました。

昨日の到着地点のアーケード街までいったん戻り、そこから今日のスタートを切りました。

空は青空ですが、朝の空気がひんやりとして指先が冷たく感じるほどです。

歩き始めるとすぐに、この四日市付近だけでしか見られない東海道の道標に眼がいきました。

Photo_6 

東海道を歩いていて一番不安なのは、どこにも案内板や道標らしきものがなく、自分が本当に間違いなく東海道を歩いているのかどうかが分からないときです。

市町村によってそれが全然異なるのですが、この四日市の道標はこれまでになく、旅人に優しく、分かりやすいものです。

とてもカラフルでビジュアルに作られていて、写真のように自分が今どの辺りを歩いているのかが一目瞭然に分かるようになっています。

このような地方自治体はきっと他の面でも優れた行政をしているのではないか、と想像します。

Photo_7 道路に「シルバーゾーン」が多いことにも驚きました。私は今までシルバーゾーンというものすら正直見たことがなかったのですが、この辺りではあちこちの道路上にこのマークが描かれています。

道路を歩くお年寄りにやさしい運転をしよう、ということだと思いますが、この標識を見ただけでも心温まる気がします。

四日市から石薬師に向かう街道は旧街道のままの幅のせまい道路が続いていて、いかにも東海道を歩いているという感じがして気分がいいです。

この辺りから亀山のホテルに電話をしてたずねたところ、今晩の予約がとれましたので、もう一泊して明日は今回の目的地の「関」か「坂下」まで歩くことにしました。

4キロほど歩いたところで、「日永の追分」というところに出ました。「追分(おいわけ)」とは街道が二つに分かれるところがそう呼ばれていました。

Photo_8 ここは「東海道」がお伊勢参りのための「伊勢道」と分かれるところです。江戸時代には庶民の間に「お伊勢参り」が人生最大の冒険でもあり、一大娯楽でもあったようですので、この追分は昔の旅人でさぞ賑わったことでしょう。

今でも大きな国道が二つに分かれるY字路になっていますが、小さな緑地帯になっており、大きな道標や常夜灯、鳥居などが保存されています。

私がそこにつく直前に、今まで一休みしていたと思われるご夫婦らしき二人が歩き始めるのが見えました。

Photo_16 その後すぐに近鉄線の小さな駅がありました。駅の名前も「追分」です。とても可愛い駅で、カラフルなかわいい電車が停まっていました。

その追分駅のすぐ近くに「追分まんじゅうの岩嶋屋」という店がありました。この饅頭も名物だそうですので、店の中に立ち寄りました。

Photo_9 Photo_10

「1個でも売っていただけますか?」と聞くと、人のよさそうな初老のご主人が笑顔で「どうぞ、どうぞ召し上がってください。」と言って出してくれました。

ほどよい甘さの薄皮饅頭はかすかに酒酵母のような香りがして、やさしい味わいのおいしいお饅頭でした。

ご主人は、ちょうど美味しいときに食べる人の口に入るように、ということに神経を注いで作っているそうで、その苦労も話してくれました。

しばらく四方山話を交わした後、「お気をつけて!」の声に送られて店を出ました。

その後、しばらく歩くと、「杖衝坂(つえつきざか)」という上り坂にさしかかりました。ここは松尾芭蕉が東海道を旅しているときに坂道で落馬したところです。

そこには芭蕉のよんだ「徒歩ならば杖つき坂を落馬かな」の句碑が立っていました。この句は芭蕉のよんだ句の中ではめずらしく季語のないことで知られているそうです。落馬をしてうろたえてよんだ句だったからでしょうか…。

Photo_11 先にそこで一休みしていたご夫婦はさっき「追分」で見かけたお二人のようでした。年齢は私とそう変わらないようです。

挨拶を交わすと、夫婦二人で東海道を歩いているとのことです。日本橋をスタートして年に1~2回歩いて、ここまでくるのにちょうど10年かかったとのこと。

私は今年の3月にスタートしてここまできたことを言うと、「わ~早い!」と言われてしまい、こちらの方が驚きました。自分ではゆっくりゆっくり歩いているつもりだったからです。

Photo Photo_2

その後、「石薬師(いしやくし)宿」を通りましたが、あまり見るべきものはない、静かで素朴な町でした。

12時50分、「庄野(しょうの)宿」に入りました。朝出発してから約6時間ほとんど休まずに歩き続けたので、少し右ひざが痛くなりました。この後、「亀山(かめやま)宿」まで歩こうと思っているので、あまり無理をせず、少し休まなければなりません。

Photo_3 Photo_4

3時、東海道から少し離れた幹線道路にマクドナルドのマークが見えたのでそこまで行って休憩をとることにしました。朝から初めてのゆっくりとした休憩です。コーヒーがとても美味しく感じられました。

10分ほど休んですぐに歩き始めましたが、しばらくするとカメヤマのロウソク工場の前に出ました。ロウソクでは日本でも一番有名な会社ではないでしょうか。

Photo_13 3時55分、亀山宿の中心部に入ってきました。ここも城下町らしい街並みで、東海道は曲がりくねって続いていました。

昔の道幅がそのまま残っており、なかなか風情のある宿場町です。

広重は亀山の雪景色を残していますが、たしかにここに雪が降ったら美しいだろうなと想像できるような宿場町です。

Photo_12 やがて亀山城が見えてきました。昔は堅固な城郭をもった城だったそうですが、明治になって取り壊され、今は石垣の上に多門櫓一つのみが残されています。

城跡に登ってみると夕暮れの亀山の町がきれいでした。

朝予約をとったホテルを探して街道をはずれて坂道を下り、亀山駅の方へおりていきました。

ホテルは部屋がタバコ臭くて最悪、おまけにフロントに聞くと亀山市内には気の利いたお店はないとのことなので、がっかりしました。

膝が痛くてあまり歩けそうにないので、シャワーを浴びた後、6時ごろから部屋を出て、ホテルのすぐ前にある寿司屋に入ることにしました。

店の外ははっきり言ってさびれていてショーウィンドウのお寿司のサンプルにもホコリが積もっていて、何だかお腹でもこわしそうな雰囲気です。

でも、張り紙に「本店の活魚はオール天然です」と墨書してあったので、それを信じて入ることにしました。

入ってすぐに不安は的中しました。店の中は雑然としていて寿司屋らしい清潔さがなく、主人も奥さんも何だか無愛想です。

熱燗を注文した後、「何かおすすめは?」と聞くと、「天然ものの刺身でも切りましょうか?」というのでそれを頼むと、素朴に切った刺身が出てきました。

Photo_14

真鯛、あいなめ、イシガキ鯛、マグロが出てきましたがどれも天然ものと言うだけあって、信じられないほどの美味しさです。こんなさびれたような寿司屋でこれほど美味しい魚が食べられるとは…。

あまりにも美味しそうに私が食べるので、無愛想だったおかみさんまでニコニコ顔になって、その後は3人で大いに話がはずみました。

Photo_15 6時から9時過ぎに店を出るまで客は私一人だけだったので、主人とおかみさんの馴れ初めから、お店の苦労話、そして若いころは旦那が手がつけられないような浮気を重ねて苦労をした話などまで話が尽きることがありませんでした。

でも今は二人とも幸せそうで、仲もよさそうでした。

あまりにもお客さんが来ないので心配になり、商売は大丈夫か聞いてみたところ、亀山にはシャープの工場などがあり、そこの社員や出張で来るビジネスマンなどになじみの客がいて、忙しいときは大勢のお客さんが来てくれるとのことで、私もホッとしました。

これだけ美味しい店ならば、そうでなくてはいけません…。

その後、もっともっと話していたかったのですが、明日が早いので9時過ぎには店を出てホテルに帰り、幸せな気分でぐっすり眠りました。

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