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2007.04.04

日本橋から川崎へ 3月17日

Photo_4 銀座の街は人通りがだんだん増えてきました。

しかし、銀座がこんなにコーヒーショップが多いところだとは今まで意識したことがありませんでした。コーヒー愛好家の私としては、ちょっとコーヒーを飲みたいところですが、いま出発したばかりで休むのはどうかと思い我慢をしました。

そのまま歩いていくと新橋を過ぎてから徐々に銀座の華やかさもなくなり、ただの交通量の多い道路へと変わってきました。

12時ちょうど田町のスターバックスでトイレ休憩もかねて一休み、やっとコーヒーにありつきました。

10分ほど休んで再び歩き始めました。20分ほど歩くと高輪の大木戸跡に到着、昔の江戸のまちへの入り口だったところです。昔は街道の両側にあったものが今では片方の石垣だけが残っている状態です。

そこからしばらく歩くと右側に泉岳寺の案内板が見えてきました。忠臣蔵の四十七士の墓で有名ですが、訪れるのはこれが初めてです。

Photo_5 境内に入ると陣太鼓や提灯など忠臣蔵にまつわるみやげ物を売る店や資料館などがありました。

あまりゆっくりもしていられないので、お墓にだけお参りをしました。

主君浅野内匠頭の墓の隣に大石内蔵助以下四十七士の墓が並び、討ち入りの日はこうであったろうとの想像を掻き立てられました。

その後、品川の駅を通り過ぎ、しばらく歩くと、鈴が森刑場跡に着きました。

交通量の多い国道15号線の脇にあるにもかかわらず、ここだけはひんやりとするような冷気が漂っています。多くの人々がここで処刑されたとのことですが、その怨念がまだ残っているような気がしました。

Photo_17   その後も歩き続け多摩川にかかる六郷橋を渡りました。

橋の下を見ると、10月にH市から羽田空港まで歩いたときの道が河川敷に見えました。その道がなぜか懐かしく思えてなりませんでした。今回はその道を垂直に横切る形で西に向かって歩いています。

六郷橋を渡るとすぐに川崎の宿に入りました。

川崎には長年懇意にしていただいている知人の家族が住んでいます。なぜか急に電話をしたくなり携帯から電話をして見ましたが、残念ながらお留守でした。

今日は川崎に泊まる予定でしたので、ビジネスホテルに予約を入れた後、魚料理の店に入り美味しい肴をつまみに先ずは生ビールで一日目の予定達成を祝って一人で乾杯(?)しました。

その後、日本酒を熱燗でいただき、ひと心地ついたころ、先ほど電話をした知人のF先生から電話がかかってきました。留守電を聴いてすぐに電話をくださったらしく、「迎えに行くから遊びにきてください。」とのこと。厚かましいと思いながらもお邪魔することにしました。

F先生は昔、クウェートの日本人学校で働いているころ教頭先生としていらした大先輩です。

奥様とお嬢さんも一緒に温かく迎えてくださいました。

その後はビール、焼酎、ワインなどを次々にご馳走になり、気がついたらお風呂にも入れていただき泊まることになっていました。

東海道の旅第一日目から人に迷惑をかけて、これではいけないと大いに反省しながらも朝までぐっすり眠ってしまいました。

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